2012年6月22日金曜日

瞑想するパル君(シベリアンハスキー・雄)



必ず毎日更新することを至上命令として、というか、それだけを唯一の目標としてこのブログを16年書き続けてきました。しかし、13年たった頃だったか、いいかげん息切れしてきてしまい、更新間隔を変えたりもました。いまは毎日更新に戻ってはいるけれど。

13年続けてみて、なにはともあれ、「継続は力なり」ということを改めて実感しました。

そしていま17年目です。長く書いていればいいということはまったくないのですが、それなりの想いの蓄積が残るというのは個人的にはとても良いことなのかもしれないかな・・・などと感じてはいます。

同時に、あまりにもネット上にいる時間が長すぎたのかも知れない。もっとリアルな日常を過ごす時間を増やしたい、そうも思うのです。おりしも最近のブログ公開システム(Movable Type、Word Press)やSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)の進歩によって、大幅に更新が楽になってその時間がようやく取れるようになってきました。

某元首相の「構造改革無くして景気回復無し」という欺瞞的にわかりやすいスローガンは大嫌いな言葉ですが、あえてそれになぞらえていうならば「インプット無くしてアウトプット無し」というのがいまの私の切実な体感です。

象徴的に言うなら、もっと本を読み,思索を重ねたい。もっとリアルな自然と向き合い語り合いたい。そしてそれらのリアルな体験を心地よく明晰な文章で語りたい。そういうことかも知れません。

2008年の暮れに愛犬のパル(シベリアンハスキー・雄)がこの世を去って以来、夕暮れ時や夜間に北八ヶ岳中腹・標高1700mのこのピラタスの丘を散歩する機会も減りました。特に夜間は、犬をつれずにふらふらしているとあらぬ疑いをかけられちゃいますから。

パルがいるときには、深夜だろうが早朝だろうが、台風だろうが吹雪だろうが全天候対応のパル君につきあって散歩に出かけていましたから、それはそれは貴重な体験をすることができたのです。

パル君は僕らとこの雄大な自然との間に立つべく、とても優秀なインタープリターとしてやって来たような気がしています。その彼を失って、私はこの自然との(もっというなら、この世界との)距離感が分からなくなってしまったような気がします。

そのことを別にしても、私はだんだん文章を書けなくなってきています。それはスタイルの問題ではなく,技術の問題でもなく、テーマや内容や感動や想いに属する部分なので、これはけっこう重症です。

from 信州蓼科高原ピラタスの丘・標高1700m

http://www.p-sunset.com/

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