2012年6月19日火曜日

蓼科山よりも大きなはぐれ雲




ピラタスの丘から山麓に下り中央道諏訪ICから岡谷JCT経由で長野道に入り松本に向かうと、トンネルを2つ抜けたあたりから景色はしだいに開けてくる。諏訪盆地から松本盆地に入り平野のような景色の向こうに穂高連峰を望むことになる。反対側の右方向には霧ヶ峰から美ヶ原に至る山並みが間近に連なっている。
 
このコースを逆にたどるとあたかも平野部から山岳部に入るような感覚で、ああ信州に来たのだなあと実感できる。じっさいのところ、松本から諏訪に向かう道路は上り坂なのだ。僕らがこちらに移住する前によくキャンプに行ったのだが、キャンプ場が近づくにつれてちょうどこんなふうに風景が変化して、それにつれて気分が高揚していったのを思い出す。
 
この地に移住して18年を経たいまでも、遠方に出かけて帰ってくるとき、八ケ岳を望み諏訪盆地に近づくにつれて同様の高揚感を味わうことに変わりはない。やはりここは僕の「居場所」なのだと、そのたびに確信するのだ。
 
北八ケ岳の中腹、標高1700mに暮らすことの不思議。しかし、確かにいま僕はここにいる。ここでは「いま、ここに、ある」ことを持続することができる。それは生まれてから40数年間僕にできなかったことだった。僕は自分の「居場所」を求めてさまよい続けていた。
 
ここが僕の居場所だと確信したとき、ここで起きる物事を書き記しておきたいと思った。それから16年。
 
それにつけても物語ることが苦手だ、その技能も才能もない。元来ストーリーテラーとしての資質に欠けるのだ、残念ながら。だから僕は小説家にはなれない、まねごとすらできない。どれほど語るべきことを持っていたとしても、「物語」を構築できないのだ。ただ語り続けることしかできない。
 
この日記はどこにもたどり着かない。どこにも向かっていないからだ。誰にも行き着かない。誰にも語りかけていないからだ。ひとりごとのようなものだ。あえて言うならば、この日記を書き続けることそのものが「孤独な物語」なのかも知れない。
 
1枚の紙に書きつけた手紙を小さな瓶に詰めて海に流すような気分だ。僕の言葉たちは漂っている。広大なウェブの世界を。やがて誰かに拾い上げられ、その栓が抜かれ読まれるときを待ちながら。
 
 
※ボトルメール(bottle mail)とは:http://ja.wikipedia.org/wiki/ボトルメール (ウイキペディア)
 
 
from 信州蓼科高原ピラタスの丘・標高1700m

http://www.p-sunset.com/